イタリア語の単語の話(読んで楽しいイタリア語の話から)

イタリア語の単語の話(読んで楽しいイタリア語の話から)

単語からイタリア語を勉強してみたいと思いませんか?

別にそうは思わないかも知れませんが、私もかれこれイタリア語との関りが50年を優に超えてしまったので、イタリアへ行ったり、イタリア語を勉強したり、教えたり、本を読んだり、している間に色々気づいて面白いなと思ったことがありました。それを2016年に「読んで楽しいイタリア語の話」という本にしました。その中から、いくつか、新しい話も含めてここに紹介していこうと思います。暇な方も、そうでない方も、ご一読頂ければ嬉しいです。

1.言語は「喉頭音」から始まったという話

先日テレビを見ていたら、鳥の声を分析して、鳴き方が違う事を発見し、その意味を研究している人の番組がありました。見た人も多いかと思いますが、「ここに食べるものがある」とか「敵がやってきた」とか「逃げろ!」とか意味する、いわば言語のような発声をしているんだそうですね。多分、猿とか、犬猫なども、ある種の意味を持つ発声はあるのではないかと思います。いずれにしろ、これらは全て喉頭音、つまり喉の奥から声を出しているのであって、人間のように舌や唇をつかってはいない様です。従い、人間も最初は「喉頭音」だけで話し始めたのではないかと、思って調べたら面白いことが分かりました。イタリア語で言えば、喉頭音の音は、Cのカキクケコの音(チェやチは口蓋音と言います)、Gのガギグゲゴの音(ジェやジは口蓋音)、Q(qua, que, quoなど)です。これで分かることは、Quando, Quanto, Quale, Chi, Che, Cosa, Come などの疑問詞が全て喉頭音だということです。英語では、KとHが喉頭音になります。人間も最初の会話は、「どこに食べ物があるんだ?」とか「敵は何人だ?」とか「いつ出発する?」のようなことだったのではないでしょうか。そして、「ここに食べ物がある」と言ったとすれば、イタリア語でここはQuiやQua(クーイ、クア」と言いますから、これも喉頭音だとの説明がつきますね。

本文からの引用*「猿の鳴き声の「キャッキャッ」や鳥の鳴き声の「カーカー」や「クークー」などは、なにを言っているのか知りませんが、疑問詞は会話の基本です。誰かと会話を始めるときには、ふつう何かを聞くことから始めます。もし、そうじゃなく普通の文を述べたら、独り言を言っているか、自己紹介でもしているのでしょうね。つまり、鳥も猿も、何かを誰かにきいているのではないでしょうか?「お前は誰だ、キー?」とか、「それはなんだ、キッキー?」とか「飯はまだか、いつだ、クークー?」とか。同じように人間が会話を始めたときには、鳥や猿と同じように、質問から始めたのではないでしょうか。そして、それは当然喉の奥から絞り出すわけだから、イタリア語のQuandoに始まるような、「クァ」「コ」「ケ」などが、会話のスタートになったのではないだろうか?勿論イタリア語だけでこれを説明することは難しい。ラテン語を見ると、誰は「quis」何は「qui」何時は「quando」どのは「que」何故は「cur」、どのようにしては「quomodo」である。Quo vadis?で知られるquoは勿論「何処へ」であるので、ラテン語でも喉頭音が疑問詞である。一応ギリシア語も調べてみると、疑問詞はH音やP音で始まっているのが多い様だ。H音は喉頭音だが、P音は唇を使って出す音で、喉頭音ではない。」**引用終

尚、英語に関して言えば、これはラテン語やイタリア語に比べるとずっと後に出来た言語だが、Why, What, Who, Where, Whenのご存知5WとHowのHで始まり、Hは喉頭音だがWはそうではない。ところが、面白い話があって、英語は13世紀にHとWが入れ替わっているのだ。つまり、もともと、Hwy, Hwat, Hwo, Hwere, Hwenと書いていた。書いていたというのは、発音は皆さんご存知のように、もともとホワイ、ホワットのように喉頭音からであり、HとWが入れ替わったところで、音まで変わったわけではない。ちなみに、「ここに食べ物がある」と言うとこの、「ここ」は英語ではhere であり、ほら喉頭音である。

2.ジャパンは中国語である。

ジャパンは、マルコポーロが日本のことを東方見聞録の中で「ジパング」と呼んで、それが英語になってJapanになったというのが定説の様である。では、Japanの前は、つまり英語の前はどうだったのか?Marco Poloは、冬至のベネツィア共和国の人で現在ではイタリア人である。

以下本文からの引用*「彼が書いたとされる「東方見聞録」によれば、13世紀の日本は「黄金の国ジパング」と呼ばれていたとある。-中略ー Marco Polo自身は日本には来ておらず、伝え聞いた話のようだ。このジパングであるが、一説には中国が当時日本をそう呼んでいたということである。」**引用終了

さて、この先は本文では話が長いので、こでは話を短くしよう。日本は、中国語のピンインでri-benと書く。これはカタカナでは表しにくいが、リーベンよりもジーベンに近い。勿論地方によってかなり発音は異なる。また国はピンインでguo「グオ」という。つまり、日本国は中国語で、「ジーベングオ」に近い音である(中国語をカタカナで表現するのは無理があるので)。つまり、ジーパングであっても、たいして変わりはないのである。東方見聞録が発行されたのは、Marco Poloがなくなってから100年もあとのことで、しかもフランス語で発行されている。そうすると、イタリア人のMarco Poloが中国で教わった日本という国が仮に「ジーベングオ」だったとしても、当方見聞録では「ジパング」に短縮されたことは当然考えられる。当時まだイタリアは統一されておらず、しかもベネチアは語尾がN+母音の場合母音を省略する都市であるから、イタリア語のジャッポーネは、ベネツィアではフランス語のように、ジャッポンとなっても不思議ではない。そして、それが英語になった時には、ジャパンになったのである。いずれにしろ、ジャパンは中国語からの派生であり、つまり中国語の読み方を英語にしたものだ。

付け加えれば、Koreaも「高麗」の中国語読みが英語になったという。さらに言えば、中国そのものも、昔の呼び名「支那」がフランス語読みのChine(シン)から英語読みでチャイナになったものである。