ああそうなんだイタリア語 16 ipotesi とsupporre

ああそうなんだイタリア語 16 ipotesi とsupporre

このコラムを書く理由は次のようなものである。
イタリア語に隠された歴史や背景、それに関する私個人の考察をまとめるため。
イタリア語を学習する人に、もっと興味を持ってもらうため。
自分が50年以上付き合って来たイタリアとイタリア語の話が何か参考になればと思って。
単語は語学学習では、実は大変重要。特に日本人には。だから、少しでも語彙を増やして貰いたいと思い。

まあ、ちょっと考えてみましたが(3分ほどでここまで書いてきたので大して考えたわけではない)なかなか一言では難しいので、まとまりなく何行も書いてしまいました。そうかもしれないし、そうでないかも知れない。まあ、色々仮定してみたわけです。

今日の話題はこの「仮定」です。イタリア人は、良く仮定します。多分日本人よりも多く物事を仮定します。その時にIPOTESIという言葉を使います。意味は「仮定」「仮説」です。ipotesiは、日本語で「こうしたらどうだろう?」とか「もし~したとしたら」のような、例え話に使う言葉です。ビジネスの場でも良くこの言葉が出て来ました。「それを買ったとして、私にどういう得があるのか」など。私はイタリアとのビジネスでは、買う方の立場だったので、「価格を貴方の希望値にしたとして(したと仮定して)、一体どれくらいの数量をお買いになる積りですか?」のような会話だったかも知れない。それほど頻繁に使われるわけでもないが、日本語ではなかなか表現しない言い方なので、記憶に残っている。是非使って見て下さい。イタリア的表現を良くご存知ですね、と言われるかも知れません。

ipotesiという言葉の代わりに、supporre(仮定する=動詞)を使う事も出来ます。Suppongo che + 接続法。~だと私は仮定します=~のようだね。ipotesiと共に、Suppongo, per ipotesi, che ~。とも言います。大体同じような意味です。
尚、アクセントは「イポーテジ」のように、poの上にアクセントがあります。

さて、これから先は「読んで楽しいイタリア語」に書いた、ipotesiの話です。
私は、日本人は中国語、イタリア語、英語の3つのライン上で外国語を学んだ方が良いというipotesiを上げる。日本語は中国から伝わった言語に、日本独特のひらがなを加え、作られていった。しかし、儒教の教えを主とした教理が根強く、明治維新まで漢語の学習は怠らなかった。江戸時代の鎖国の結果、ヨーロッパはオランダからのみ文化の流入があり、オランダ語の学習も進んだが、当時訳された医学書などの文献は、オランダ語からまず漢文に訳されたのだ。

日本語は中国語と、文字そして音がやや似ているが、構文が異なるので、漢文にする方が楽だったのだろう。中国語と漢文は大分異なるらしいが、構文については基本が変わらないので、中国語が出来なくとも漢文が出来れば、単語を調べてオランダ語の本は読めた。幕末の知識人みな漢語が出来たので、明治になってこれからは漢文ではなく英語だという時代になっても、単語さえ分かれば本は読めた。福沢諭吉翁などが海外へ行って本を買いあさり、急いで日英対訳の辞書を作ったのも、単語さえ当て嵌めていけば文章が読めたからである。恐らく発音は相当ひどかっただろうし、聞き取りも出来なかっただろう。が、自分の意思を伝えることはしたのではないだろうか。

言語の基本は、相手に言いたいことを伝えることなのであるから、これが一番重要なのだ。翻って、今日日本では漢文の学習は殆どない、そして突然日本語から英語である。この2者は日本語も含めた4つの言語ラインの両極にあるのだ。しかも学習方法が英語→日本語という方向性が主流(大多数)である。」

日本語と中国語は文字が同じで音もやや似ているところがある(実際には中国語の発音はとても難しい)。日本語とイタリア語は、単語が母音で終わり、且つ音素の数が近いため聞き取ることが出来る。これに対し、英語は、文字も、音も、構文も、そして単語も全て違うのであるから、日本語から英語を学ぶのは、一足飛びにピアノならラフマニノフを弾いたり、体操ならH難度を、スケートなら4回転を、もっと近い話題で言うとプログラミング言語ならHTMLもCSSもやらないで、JAVAやPYTHONやもっと難しいものを学ぶようなものだ。

ということで、「日本人はまず中国語とイタリア語を学んでから英語を学ぶのはどうだろう?」という仮説を上げておきます。

ただ、最近は私は英語の学習方法としては、まず文法(基本文法と構文)を学んだら、次は単語の学習をするべきだという仮説に立っている。聞き取りや会話は慣れれば出来る。それよりも先に、単語を知らないと、言っていることが分からないではないか。勿論単語だけでは分からないが、文法と構文を理解してれば、単語が分かれば意味は大体わかるものだからである。日本人の英語の語彙力3000とか5000では、100%理解する為の15%~25%に過ぎず、これではついていけないのも無理はない、と思うからです。

 

nakahara