英語に関して言えば5年前は80点くらいだったのが、今は平均して90点でしょうか。イタリア語に関しては、さすがにまだ英語ほどは進んでいなくて、5年前は60点くらいだったのが今はやっと70点くらい。これは、日本語が介在するからで、恐らく英語⇔イタリア語の翻訳精度は、95%くらいは、あるのではないでしょうか。英語とドイツ語やフランス語とイタリア語などの系統の同じ言語だと98%以上かも知れません。100%にならないのは、その時々の流行語や新語などを機械が理解しない為です。日本語―イタリア語の翻訳の間違いの多くは、流行語、新語、イディオムなどの表現に対するデータが不足している為に起こっているようです。データが増えれば増えるほど精度は高まることは間違いありません。しかし、100%にはなかなか達しないのではないかと思われます。日本でも広辞苑のような辞書の単語は時々追加されたり、削除されたりしています。同じ事が英語やイタリア語でも起こっているからです。
今や、AI碁は人間の教科書になっており、囲碁の対戦の際に、次の最良手をAIが示しています。将棋がAIに初めて負けた後も、囲碁が負けるのはまだまだ先だと私が読んだ本には書いてありましたが、残念ながらアルファ碁の登場ですぐに負けてしまいました。今では棋士もAIで学習しているそうです。しかし、最近読んだニュースでは、アルファ碁に人間が勝つ方法があると、それは、AIは人間がインプットしたデータを基にして、勝つ方法を探るのですが、そのデータにないやり方なら勝つことが出来る、という話です。つまり、通常の定石や過去の棋譜に拘らない、いわば奇想天外な手だと勝つ(かも知れない)ということらしいです。囲碁にも奇想天外な手があります。宇宙流と呼ばれたり、ブラックホールなどもその手の一つでしょう。まあ、それもAIが学べば過去の棋譜になってしまいますが。
将棋の国民栄誉賞の羽生善治さんのお話だと、棋士はそんなに先を読んでいるのではないそうですね。勿論、過去の手合いや研究で何手もの先を読んではいるのですが、対戦中に一番働かせるのは「勘」だと羽生さんは言われています。とは言っても、普通100以上ある手から瞬時に3手を選び出すのは、実践や研究から得た実力であって、その3つの中から一つを選ぶのを「勘」と言われているわけです。いわば、最初の選択はコンピュータと同じ、2番目の選択が「勘」ということです。AIは、これを全部機械式にやるわけです。ここが人間と機械の違いじゃないかと思います。
という事を考えながら、羽生さんの話を思い出しています。私は20年ほど前から作文添削を教育事業の一環として始めました。その当時はまだ翻訳ソフトはありませんでしたが、その先駆けとも言うべき、簡単な英語の翻訳を集めて、それをコンピュータでクリックすれば回答が出てくる式の、機械式添削はありました。ごく簡単なもので、欠点は解答が一つしかないという事です。私が、作文添削を始めたのも、高校などで作文添削をほとんどやらないことを知っていたからです。なぜやらないのかというと、先生が答えを一つしか知らないので、正答以外の答えはバツになるからです。実は大分昔の話ですが、私にも高校時代に経験があります。次の文章を英訳せよという問題がありました。「彼は床に寝ていた」。これの正解は、He was sleeping on a bed. でした。床(=とこ)と読めばです。しかし私はこれを床(ゆか)と読んで、He was sleeping on the floor.としてバツでした。異議を唱えましたが、多分この状況だと床(とこ)と読むのが常識である、というようなことでした。このことは、半世紀以上経った今でも覚えています。
以上はあまりにもシンプルな例ですが、
答えは沢山あるのに、それが正解かどうか判断できるのは母語を英語とするネイティブだけだという事です。勿論、ネイティブ並みに英語を話す非ネイティブも含みます。学校で学ぶ、前置詞の使い方、それは正しい使い方ですが、実際には私たちがonと習った場所にinを使っても良かったり、atでもwithでも良かったり、又はネイティブによって使い方が異なったりすることがあります。分詞構文や無生物主語をネイティブは良く使いますが、日本語にはその発想がありません。関係代名詞も仮定法も日本語にはないため、日本的な発想だと場合によってはぎこちない英語を作ってしまいます。こういう事から、基本的に添削者をネイティブに限りました。ただ、入門者には日本語の説明やヘルプが必要なため、日本人にお願いしています。これは、すべて作文の回答は一つではない、という理由に基づいています。
そして、約20年経ち、AIが発達し、chatGPTが出て来ました。問えば、
私も最初は思いました。これで、作文の添削という仕事はなくなるのかな、と。これまでも添削を機械的にやろうと研究した人は多くいます。ただそのほとんどが、選択式解答方式を、少し進化させた程度でした。つまり模範解答があって、その中で間違いを指摘、訂正するようなものです。AIの場合は、データが多いので、その中から最も適切な回答を引き出して来ます。データが多ければ多いほど、回答がより正しいものになる理屈です。さらに、AIは色々なデータを組み合わせたり、分解したりして独自で学習するそうですから、益々正しい答えを導き出すことが可能になります。
現在、音声機能がついている翻訳機械が発達していて、外国人同士の会話の仲介にとても役に立っていると聞きます。特に、役所や救護を求める場所では、困った人を助けるのにこういった機器は欠かせなくなりそうです。買い物や旅行は、実際にはそんなに会話はしないですから、現実的にはそういったものはあまり必要ではないと聞きます。ただ、お互いが親密になるには多少は訳に立つかも知れません。ビジネスや学究の場ではいかがでしょうか?ビジネスも文章なら多少は役に立つかも知れません。
また、英語論文は日本人の苦手とするところですが、これも文章を書く手助けにはなるかと思いますが、世界の人たちと一緒に仕事をするような環境に置かれたら、音声翻訳機など使っている場合ではないでしょうね。逆に言えば、翻訳機械の発達で、機械に頼れば良いと錯覚してしまう事が返って心配になります。
先に述べた、ビジネス文書や学究の論文の英語訳についても、翻訳機が100%完璧にならない限り、必ず間違いがあります。従い機械で翻訳された文章を見て、間違いを正すだけの力は必要になって来ます。つまり、翻訳機は多少の省力化にはなっても、あなたが英語や他の外国語を全く知らないでも良いと、いう訳にはならないのです。私は、スターウォーズという映画を見て、色々な言語の宇宙人が自動翻訳機を通じて会話していますが、このような時代がやがてやって来るとは思っていますが、あのレベルにはまだまだだなと思います。まあ、囲碁がAIに負けたあの油断を思えば、この発言も問題あるかもしれませんが。
ただ、今言えることは、少なくともあと何十年かは外国語は「学ぶ」必要があるだろうという事です。学ぶには、機械から学ぶのと人間から学ぶ方法があります。さて、これからが本題です。
作文の添削を例とします。 AIの特徴は、①答えが速い ②答えは一つ ③答えは基本的には正しい。しかし、文章の性質によって間違う可能性がある など一方、人間が回答するとしたら、①答えの速度は人による、遅い場合もある ②答えはいくつかある。また質問については相手によって答え方を変えることが出来る。③答えは正しい。 など、これではどちらが良いとも言えないかと思います。ただ、決定的に違うのは、あなたが受講生だとして、AIの場合は血の通わない機械と会話しているのであり、人間の場合は体温がある人との会話という事。もし、同じくあなたに、「良く出来ました」とか「ありがとう」とか、「また頑張ってね」とか、メールを送ってきてくれたにしても、それがAIからなのか、人間のAnthonyとかMarcoとかJulieとかMariaからなのかで、受け取り方が変わると思います。AIに名前をつけて、あたかも血が通った生き物のように見せることも出来ますが、AIが鉄腕アトムになれるのはいつのことでしょうか?
こういったことから、私は現在作文添削を手伝ってくれている約20名(現在のおおよその講師数)の先生たちにAIに負けないように努力することを伝えました。つまり、
人間性を出来るだけ発揮せよ、ということです。いずれにしろ、これからは、色々な分野でAIとHUMANの競争が始まります。AIはあくまでもツールだといつまで言ってられるのでしょうか? そんなに危機感をあおるつもりはありませんし、AIと共存というのは変ですが、AIを正しく使いこなすことは重要でしょうね。AIにも感情が(作られた感情)が入る日もすぐに来るかも知れません。感情を作るわけですから、邪悪な感情を入れられたら大変です。こういったことは、国で世界でコントロールする必要があるでしょう。その為にも、人間は人間力、HUMANの力を高める必要があるかと思います。当校が20年来やってきた外国語の作文の学習も、初心の「回答は一つではない」という原点に帰り、暖かく心のこもったHUMAN添削をより発展させていく所存です。そうしてAIには決して負けない一角を私たちは築き上げて行きたいと思っております。
九段アカデミー 代表 中原 進