語学学習を面白くやるには何かに気づくこともそのひとつ。面白くやっても上達するかどうかは保証出来ませんが。フランス語を聞いていると、「ドンスカ」と言っている。ドデスカデンなんていう映画が相当昔にありましたがね。「どーすか」「はい、ソースか」みたいな感じ。これは、Dans ce cas.と書きます。英語ではIn that case, イタリア語ならin tal casoでしょうか。casを「カ」としか読まないんですね。そうすると、今度はen tout casという熟語に出会いました。これは、英語なら in all cases ですが、辞書では「いずれにせよ」「ともかく」となっています。気になったのはこの音です。casが「カ」なので、これは「アンツーカ」と読むのではないか(enはこれまでの私のヒアリングではアンよりもオンに近く聞こえますが)。それなら、テニスコートのアンツーカーと関係がないかと思って調べたら関係がありました。アンツーカーは全天候型のコートとして知られますが、in all cases、つまりどんな条件でもという意味で命名したそうですね。しかし、フランス語では全くそんな意味はないそうで、命名はアメリカ人がフランス語でつけただけとのこと。つまりこれは和製英語ならず、米製仏語なんです。ああ、面白い。
秋の日のヸオロンのためいきのひたぶるに身にしみてうら悲し。鐘のおとに胸ふさぎ色かへて涙ぐむ過ぎし日のおもいでや。げにわれはうらぶれてここかしこさだめなくとび散らふ落葉かな。Les sanglots longs Des violons De l’automme Blessent mon coeur D’une langueur Monotone. とはじまるベルレーヌの詩を見て何想う?「ヸ」この字を知ってますか?この文字のひらがなは「ゐ」に〃が付く。日本人がなくした母音の一つ「ゐ」のカタカナです。フランス語では、violons ですから今なら「ヴぃ」と書くところでしょうが、「ヸ」はヴぃではありません。「いろはにほへと…」の中には「い」が二つあります。一つは最初の「い」次は「ういのおくやま」のいですが、この後の「い」はもともと「ゐ」です。従い「ゐ“」で昔あった母音です。もう一つありますね。「ゑ」です。「けふこえて」の「え」と「えひもせす」の「え」後者は本当は「ゑ」です。「え」とは違う発音です。
フランス語に、Mon Dieu!という驚きの言葉があります。イタリア語ならDio mio! 英語名ならOh my God! です。これは、モンデユーと聞こえるのですが、そうフランス人に言っても全然通じません。Monは「モン」ではないのでしょうね。多分「ゥモン」とか「ゥモンヌ」のような音なのではないのでしょうか?enは絶対「アン」ではないですね。そうは聞こえません。でも「オン」とも書けないようですね。またTant pis!(残念!)という言葉がありますね。トンピーに聞こえるので、そういっても全く通じません。つまり、日本人が持っている母音だけでは、絶対発音することが出来ません。日本人は何故あった母音を失くしたのでしょうね。今絶滅種に近いのは、「を」でしょうね。これは殆ど「お」で済みますから。ちなみに、「ヸ」はvi「ゐ」はwi、「ゑ」はweだそうです。そう書いても、その音を我々は失くしてるから解りません。
われ思うゆえにわれあり、のフランス語です。この文章は初心者には理解し易いですから書きました。penser「思う、考える」とêtre「ある、いる」に、donc「ゆえに」を加えた文で、実に簡潔です。哲学的な文章は簡潔ですね。これは多分考えるという行為が人間としての存在を確認するという様な意味があるのでしょうね。私はひねくれものですから、Je mange, donc je suis. 我食べるゆえに我あり、の方が解りやすいと思いますが、フランス人に言うと馬鹿にされるでしょうね。ところで、フランス語の初心者にはその発音が大変難しい。特にイタリア語から入ると、読み方がよく解らないので、余計発音に躓きます。しかし、それはイタリア語から入っていない人も同じようで、例えば、現在(at present(英), in questo momento(伊))のことを、en ce momentと言いますが、これをオン・ス・モマンとフランス語らしく発音しても全然通じません。ある人から、これは「大スモモ」と言うと、聞いてその通りフランス人に言ってみたら通じました。別の項であげた、dans ce casも「ドンスカ」で、tout le temps (all the time/tutto il tempo)も「ツルトン」と、カタカナ読みで通じました。フランス語を見ながら言うと通じないけど、カタカナで覚えた方が通じます。尚首題のデカルト、イタリア語だとPenso, dunque sono.です。イタリア人にMangio, dunque sono.と言うと多分笑ってくれます。
さて、続いて「哲学的」な話を。レゾンデートル:これも良く使われます。レゾンドートルか、コーヒーショップ名のデジャヴから、レゾンドトールだったのか、レゾンドール(これは多分リオンドール(金獅子勲章)との混同)なのか、本来の意味が解らないと出鱈目ですが、raison d’ être と文字を見ると、少し解ります。イタリア語で「私は正しい」は、ho ragione.と言います。ragioneは道理、理由、理屈です。フランス語ではJ’ai raison.となり、このraisonは同じ意味です。従い、raison d’êtreは「存在の理由」です。または「生きがい」とも訳されるようです。先輩から「君のレゾンデートルは何かね?」なんて偉そうに聞かれたことはありませんか。あるボクサーが「君の座右の銘は?」と聞かれて、「右1.5、左1.5」と答えたという笑い話がありますが、こんなことにならないよう。尚être de raisonと反対に書くとこれは、「観念的存在」になります。益々解らなくなります。フランスはデカルトやパスカルなど、実存主義哲学の祖と言われる人が多い国ですから、議論好き、理屈っぽい、人の意見に賛成しない、などということで知られます。しかし、まあ何で日本人は哲学になるとフランス語なんでしょうかね。サルトルが唱えたアンガージュマンもengagementと書きます。英語も同じですから、こう書いてくれるとなんとか解りやすいのですが、どうも哲学用語はフランス語でないといけないようで。engagementは「知識人の社会参加」のことです。尚、ragione d’essereと言ってもイタリア人は何のことかさっぱりわからないそうですから、「存在の理由」は必ずフランス語で。
circonflexeとは「湾曲した」とか「への字型の」という意味らしい。genoux circonflexesは「湾曲した脚」、つまりがに股だそうです。これはご存知のように、iやuの上に付くアクセント^ですね。どうも、これも今つけるとかつけないとか話題になっているらしい。フランス語の検定試験は、3級試験になるとスペルを書かねばなりません。フランス語は動詞の変化に伴いアクセントが付くので注意が必要です。ただ^に関しては、現在つけてもつけなくても仏検では正解としているそうです。実際、発音がどう違うのか、私にはさっぱりですが。別項で上げた、名詞の性についても、例えばイタリア語ではすでにscrittore(作家)には、scrittriceという女性名詞がありますが、フランス語はécrivaineは男性名詞だそうです(と1998年発行の辞書には書いてある)。しかし女性の強い国ですから、最近は男性名詞だけでは許されない様です。そうするとこれから西欧社会は、人を表す言葉は、男女の両性を持つ単語と、女性の性だけを持つ単語になるのでしょうか。
このest-ce queというのが、どういうものか、estとceとqueがどういう意味で繋がれているのかさっぱり解りません。NHKのテキストを見ていたら、est-ce queは「疑問文ですよというマーク」だと書いてあり、なんだか分かったような気が??つまり日本語の「~か」だということでしょう?違いますか?辞書を引くと確かにest-ce queという単語として載っていました。疑問副詞です。Que est-ce que c’est? の文章構造がよく解りませんが、これは日本語に置き換えると(なに+か+ここにあるもの)=これは何ですか、ということなんですね?なんで、「か?」に、est-ce queという3文字も使うのか、とか言ってもこれが言語なんですね。Que est-ce que c’est? は疑問文の作り方に沿えば、Qu’est-ce?も使えるが、これは稀であると辞書に書いてある。テキストにはQui est-ce? はあるのでこちらは使うのでしょうね。こちらは、est-ce queを使うと、Qui est-ce que c’est?になるのかな?est-ceはc’estをひっくり返したものですから、同じことを2回言ってるみたいですが。以上フランス語初心者のぼやきでした。
「お願いします」で良く使います。英語ではplease, イタリア語では per favore 。フランス語の意味は? se il vous plaît ですから、もしあなたが良ければ(英語ではif it pleases you)となる。成程、英語のpleaseはここから来たのかと納得がいきました。pleaseはもともと「喜ばせる」という動詞。それが、「お願いします」となったのは、if it pleases you, からpleaseだけ残ったものらしい。フランス語で疑問を持つと、新しい発見に繋がる!とはちょっと大袈裟。私が気づいただけで、誰でも知ってるわいと言われるかも知れない。
日本人は英語の学習に莫大な時間を掛けて、その割に出来ないので無駄だと別項で書いています。一方英語の能力は学習時間に比例する、ということも以前から私が主張していること。結局中途半端にやったら無駄、ある目標を越えたら学習した価値があるという事になるのでしょうね。日本人の英語習得必要時間は4500時間という数字が、色々な人や機関から上げられています。う~ん、ちょっと無理かな。
手許に英語、フランス語、イタリア語の3つの辞書を抱えてでこの言葉を引いている。英語は「屋根付き街路」「仲見世通り」と解りやすい。フランス語は複数で「アーケード」「キョウ廊」、イタリア語は「アルカディア人」で全く違う意味なので、近くを探すとありました、イタリア語では「arcata」(キョウ廊、アーケード商店街」とある。arcは弓のことなので、天井が弓状になっているということ。arc-en-cielは日本では有名だが、虹のこと。イタリア語ではarcobalenoと言い、やはりarcから始まる。英語はrainbowと発想が違うかと思えばそうでもない。arc-en-cielは「天の弓」、arcobalenoは「稲妻の弓」、rainbowは「雨の弓」だから、弓の部分は同じだ。弓のところをアーチという方が雰囲気が出るかも知れない。arcadeに戻ると、NHKのテキストによれば、英語ではゲームセンターのことを”arcade”というらしい。そしてこのarcadeは元々フランス語なのだが、英語から逆輸入して”salle d’arcade”といえばゲームセンターだそうだ。昔アメリカでpoolへ行こうと誘われ、行ったらビリヤード場だった。ただ、考えてみたら今のarcadeのようなものかも知れない。何しろ40年以上前の話ですから。
オタクは、フランス語でもOtakuだそうです。女性はotakette(オタケさんみたい)以上NHKテキストから。イタリア語でもotakuで通ります。イタリア語の場合女性でもotaku、但し、オタクに女性はイメージが合わないので、基本的には男性名詞です。Hikikomoriもイタリア語です。mangaも、Karaokeもイタリア語。勿論これらはフランス語でもそうでしょうね。そうかどうか知りませんから、これは想像ですが。Kimonoはイタリア語で複数になるとKimoniに変化します。フランス語はどうですか?私が思うに、フランス語はSをつけても発音しないから、複数はSをつけるんじゃないでしょうか。ヌーベルバーグという言葉が本を読んでいたらありました。なんだか懐かしい響き。nouvelle vagueと書いて「新しい波」。思想的な意味もあるのでしょうが、一般には新しい映画の波。フランスでは、ゴダール、トリュフォーなどが有名。1956年頃のことで、同じ時期に日本でも日本ヌーベルバーグがあった。大島渚、今村昌平などの名前が上がる。一方イタリアはネオリアリズムの旗手として、Rossini, Fellini,Antonioni, Visconti, De Sicaという名監督がこれよりも少し前1942年~から活躍している。私はあまり映画Otakuじゃないので、詳しくは語れないが、ヌーベルバーグという音の響きが、とてもフランスを感じる。nouveau(ヌーボー)はnouvelleの男性形だが、Beaujolais Nouveauが日本で売れるのもこの響きが関係あるのでしょうか。
ガスなしの水はイタリア語なら、l’acqua senza gas, non-gassataまたはnaturaleなどと言いますし、フランス語の本にもl’eau sans gasと書いてある。しかし、これは日常的にはl’eau plateと言うそうですね。café au laitはそのまま通じると思っていましたが、café cremeの方がパリでは一般的だと聞きました。これはモノが違うのでしょうか?
16歳の頃にビートルズの歌詞で英語を覚えた。今でも覚えている。中にはいい加減なものもあるが。フランス語も耳で覚えたものがいくつかある。例えば「パリ祭」の歌も最初の一行だけだが。しかし、いまテキストを見ると全く適当だという事が分かった。この行にfaubourgが入っているなどとは。Faubourg St-Honoreは、ファッションの店が多いので良く通ったのだが。トランジットだけでパリに泊まったことも何度かある。いんちきタクシーにも出会ったし、うっかりして飛行機に乗り遅れたこともある。metroで適当に切符を買って、空港まで行って無人改札を出られないで困ったことがあった。中には改札を飛び越えていたものもいたが、私はそばにいた若いフランス人に彼の定期だか何かで、出してもらった。パリは親切心においては、あまり評判が高くないが、個人的にはお世話になっている。世界はステレオタイプで見てはいけない。
これは「全世界」のことかと思ったらそうじゃないのですね。all the world, tutto il mondo 等同じ表現の場合英語やイタリア語では、世界中という意味になるのですが。フランス語は、全ての人、皆、という意味で、聞いているとよく使われているみたいです。C’est la vie.「それが人生さ」「仕方がない」セラヴィとしてこの言葉も有名ですね。vieと言えばこの歌、ラビアンローズ(la vie en rose) :意味は解らなくてもシャンソンのタイトルとして有名。これも懐かしい。
休日にフランス映画を3本見た。「パリの屋根の下(1930年)」「北ホテル(1938年)」「恐怖の報酬(1953年)」。このうち北ホテル(Hotel du Nord」は特に見たかった映画のひとつだ。1971年に初めてパリへ(海外へ)行った時、私の気分はかなり高揚していた。パリに着いた時は、それこそ地面にキスをしたかったくらい。安いアエロフロートでパリへ着き、それから重いトランクを提げてバスに乗り、地下鉄にのり、チュルリー公園を歩き、トランクの重さと時差でくたくたになり、どこかホテルを探さねばと辿り着いたところが、北駅の近くの安ホテル。ホテルに入って胡散臭そうな眼差しで見られ、いくら位の部屋が欲しいかと言われ、訳もわからず80フランくらいであるかと聞いたら、態度が変わってこの安ホテルでは多分一番高級な最上階の部屋に案内された。ハハーンここは、20~30Fくらいのホテルなんだろうなと、そこで気づいたが、40年以上前とはいえ、6000円はそれほど高いとは言えない。とにかく当時は若気の至り、当たって砕けろで怖いもの知らずだった。このホテルの名前は覚えていないが、北駅の近くだったということで、この映画の題名が印象的だった。映画で見たホテルも似たようなもんだった。
観た映画第二弾。これがルネ・クレール監督のトーキー第一作。歌から始まるということは、トーキーの効果を最初から存分に使ったということでしょう。話は分かりやすいが、言葉は全く聞き取れません。これは、パリの屋根の下ですが、パリの空の下という映画もあってややこしい。空はciel屋根はtoitで単語の勉強にはなりますが。
先週に引き続いて日曜日はまたフランス映画デイ(古い映画のみ)昨日は、海の牙(Les Maudits)と大いなる幻影(Le Grande illusion)。Mauditは「呪われた人」「悪魔」の意味。海の牙のタイトルでは意味が解らなかったが、「呪われた人」「悪魔」なら解る気がする。誰の日本語訳か知らぬが、一寸奇をてらい過ぎでは?部隊は第二次大戦終戦間際の話で、最後にはドイツ降伏後戦争が終わったことを知って喜ぶ仲間をゲシュタポが惨殺するが、それまでの潜水艦の中の人間模様が描かれている。大いなる幻影の方は、第一次大戦のこれまた、ドイツとフランスの話。収容所から脱走するジャンギャバンが演じる中尉と、貴族の大尉。そしてドイツ収容所の貴族の所長。同じドイツ収容所でもナチスでないと、ここまで人間が変わるのかという話、でもないだろうが。私は面白かった、どちらも。映画の中でラ・マルセーズを歌う場面は「カサブランカ」を思い出させるし、脱走の時に見る草原は「大脱走(スチーブマックイーン)を思い出させる。こういうネタはあるのかも知れない。先週観てコメントを書いてなかったのが、イヴ・モンタンの「恐怖の報酬」。これも面白い。イヴ・モンタンがあんなに大男だったとは予想外だった。フランス映画は最後に主人公が死ぬので、昨日見た映画もそうかと思ったが、ふたつとも主人公は死ななかった。なんちゅう映画の見方をしとるねん!!ちなみに、全くフランス語の勉強にはなっておりません。
先日トルコでクーデターが起き、未遂に終わった。日本でも英語でもこのフランスを使うようだ。イタリアにはイタリア語がある。Colpo di stato という。国の一撃である。勿論フランス語と同じ意味だ。日本に住むフランス人がこれを聞いて驚いていた。へえクーデターってフランス語か?って。面白いですね。日本に住んで日本で習ったから日本語だと思っていたようです。海外で育った日本人にもそんなことがあるかも知れません。へえー、Tsunamiって日本語?